中秋の名月と高画素機
先日の中秋の名月を撮った夜、改めて思ったことがあります。
「やっぱり高画素機って、いいな」って。
会社からの帰路の途中、ふと空を見上げると、黄金に光り輝くまん丸のお月様がそこにいました。
「そうか、今日は中秋の名月だ!これは帰って写真に収めないと!」そう思って足早に家に帰ったのです。帰宅してすぐに手に取ったのはいつものα7R Vと、FE 70-200mm F2.8 GM OSS II。僕が持っているレンズの中で一番の望遠がこの200mmなのです。正直、月を撮るには少し、いや全くと言っていいほどに足りない焦点距離。それでもいい。今日は“撮る”という行為そのものを楽しみたかったのです。
仕事で疲れ果て帰宅した状態で三脚まで準備する気力もなく…ということで手持ちでの撮影。
夜空に浮かぶ月をじっとファインダー越しに見つめて、呼吸を整えて──シャッターを切る。
手持ち200mmでも、あきらめなくていい
正直、撮影直後は「やっぱり月、小さいなあ」と思いました。しかし、Lightroomで確認してみるとこれが意外と写っている。試しに思い切ってトリミングしてみたら、クレーターの影までしっかり見えるじゃないですか。高画素機の醍醐味って、まさにここなんですよね。200mmしか持っていなくても諦める必要がない。
「ひとまず撮っておけば、後で引き寄せられる」という安心感。
これは6100万画素という解像度の恩恵以外の何ものでもありません。
トリミング前

こちらはトリミング前の写真。焦点距離200mmでこれくらいの大きさです。確かに小さいですが、Lightroomで確認した際に「意外と細部までディテールがしっかりと出てるじゃん!」と胸が高まりました。
トリミング後
そしてトリミング後がこちら。

月の表面までよく見えます。あんなに小さかった月をここまで拡大しても確かな描写力が見て分かります。

「もう怖いものなんてない!」とでも言うかのような大胆なトリミングに挑戦しました。さすがにちょっと荒っぽさも見て取れますが、それでも十分過ぎるほどのディテールではないでしょうか。
単に「拡大できる」ではなくて「描写が破綻しない」。ここがα7R Vのすごいところです。
しかも、トリミングしたことで構図が再構成されて“作品”としても成立してしまう。
高画素機は撮影後の自由度そのものを広げてくれる存在なんだと改めて実感しました。
手持ちでもブレない、α7R Vの安定感
今回の撮影、冒頭でも述べた通り三脚を使っていません。夜空相手に手持ちというのは少し無謀かもしれませんが、結果は驚くほどシャープでした。α7R Vの手ブレ補正はやっぱり優秀です。
設定値はこんな感じです👇
F11 / シャッタースピード 1/500 / ISO 400
月を撮るときは意外と明るいのでシャッタースピードをしっかり稼げます。月面のディテールを出すには、F8〜F11あたりまで絞るのがちょうどいい。夜空なのに「意外と低ISOで撮れる」ことに驚く人も多いかもしれません。この設定ならブレも少なく、月の明るい部分も白飛びせずに描写できます。
そしてその結果──
画面いっぱいにトリミングしてもちゃんと細部が残る。6100万画素という数字の意味を改めて思い知りました。
「撮る前の迷い」が減るのも高画素のメリット
高画素機を使うようになってから撮影中の迷いが減りました。
「もう少し寄ったほうがいいかな」とか、「構図を変えるためにレンズを替えようかな」とか。
そういう悩みの多くが、“あとから調整できる”という安心感でスッと消えるのです。もちろん、安易にトリミングに頼りすぎるのは違うと思います。しかし、現場でしか撮れない空気感や光を逃さないために“まず撮る”という判断ができるようになったのは間違いなく高画素機のおかげだと思います。
高画素機の魅力は、ロマンでもある
冷静に考えれば、月を撮るために6100万画素なんて必要ないのかもしれません。しかし、「高画素機で撮る」という行為そのものにロマンがある。トリミングしても解像感が残る。拡大しても質感が変わらない。それだけで撮る楽しさが増すのです。
僕は以前、α7R Vの実機レビューを書きましたが(👉 【徹底解説】SONY α7R V レビュー|長期使用でわかった高画素機のメリットと進化したAFの実力!【作例多数】)、今回の体験はその記事の“答え合わせ”のようでした。数字の上ではわかっていたけれど、実際の撮影で体感するとその価値は段違いです。
月を見上げる夜に、機材の意味を考えた
月を撮るなんて、誰にでもできることかもしれません。しかし、その「誰にでもできる」ことを自分らしく撮れるのがカメラの楽しさです。そしてその表現を後押ししてくれるのが高画素機という存在。
手持ちでもブレず、トリミングしても破綻せず。
α7R VとFE 70-200mm F2.8 GM IIの組み合わせはやっぱり最高の相棒でした。200mmしかないからって諦める必要なんてない。構図を信じて撮って、後から引き寄せればいい。それでこそ、今のカメラの持つ“自由さ”を味わえるんだと思います。
おわりに
中秋の名月を撮りながら感じたのは「カメラの性能」よりも「カメラと過ごす時間」の豊かさでした。その夜の静けさ、シャッター音の心地よさ、そしてファインダー越しに見る月の光。その全部が、僕にとって“写真を撮る理由”なんだと思います。
高画素機はただのスペックではありません。
それは「後から見返しても、もう一度感動できる力」。そう思わせてくれた夜でした。


