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やりすぎレタッチは悪?初心者が知っておきたいRAW現像の考え方と対処法

彩度濃いめのレタッチをした門司港レトロの風景。

RAW現像、やりすぎていませんか?

デジタル写真が当たり前となった今、RAW現像やレタッチは誰でも簡単に行える時代になりました。Adobe LightroomやPhotoshopなどのツールを使えば、色味や明るさ、コントラスト、空の色まで自分の思うままに自由に変えられます。しかし、そのような中でしばしば議論されるのが、レタッチはどこまで許されるのかという所謂「やりすぎレタッチ」についての論争です。
写真界隈、特にSNSやフォトコンテストの世界では「やりすぎ」「不自然」「もうそれは写真じゃない」など、批判的な声が聞こえてくることもあります。でも本当に、「やりすぎレタッチ」はダメなことなのでしょうか?
今回はこの「やりすぎレタッチ」についての個人的な意見を述べていこうと思います。

「やりすぎ」と言われる理由

「やりすぎレタッチ」が否定される背景には、「写真とは現実を写し取るものである」という考え方があります。特に報道写真やドキュメンタリーの文脈ではこのリアリティが非常に重視されます。そのため、色味を大きく変えたり、存在しない要素を加えたりすると「ウソの写真だ」と捉えられてしまうのです。
また、「見た目が不自然」というのもよくある理由です。例えば空があまりにも青すぎたり、肌がツルツルすぎたりすると見る人に違和感を与えてしまいます。そうした場合、作品としての説得力が損なわれることもあるでしょう。
しかし、これはあくまで一つの見方に過ぎません。

なぜ「やりすぎ」になってしまうのか

写真初心者の方がRAW現像を始めたばかりの頃、つい「やりすぎてしまうのはよくあることです。なぜなら、レタッチは「自分の表現を見つける過程」そのものだからです。
僕自身もそうでしたが、最初はRAW現像アプリのスライダーを大きく動かして、「これくらい明るくするとカッコイイ!」「この色味、映画っぽくて好き!」と感覚的に調整していくものです。とにかく写真が自分の思い通りに変化していく様が楽しくて仕方ないんですね。特に彩度やコントラスト、明瞭度あたりは視覚的にも顕著に違いが現れるのでついついスライダーを動かしてしまいます。

僕の初めてのRAW現像とレタッチ

本邦初公開となる下の写真は、今から約8年ほど前に僕が初めてRAW現像をした時のものです笑。
※といっても当時の書き出し画像が見当たらないため、当時の編集を完全再現したものになります。
どうでしょうか、なかなかに濃くて明瞭度も高めの写真となっていますよね。まるで写真というよりも絵画です。
一部の写真家の方たちが見られると卒倒されるかもしれません。
確かLigthroomの体験版を初めて使った時だったと思います。初めてカメラを手にしてすぐのことで、写真自体の腕もそれほどなかったため、単調でメリハリのない写真がアプリの力で色彩豊かに変化していくことが楽しかったことを覚えています。最初のうちは初心者なりにも手加減していたレタッチですが、その楽しさに夢中になると次第に感覚が麻痺してきて何がスタンダードなのかが分からなくなってきます。そして出来上がったのがこの写真というわけです。
(今見ても「これはこれでいいんじゃない?」と思ってしまったことは内緒)

彩度濃いめのレタッチをした門司港レトロの風景。

そして、そこからたくさん写真を撮って、たくさんレタッチしていくことで経験を積み、少しずつ「やりすぎだったかも」「ちょっと不自然だな」と気づき、自分らしいトーンや表現を見つけていきます。つまり、やりすぎレタッチは“通過点”、フォトグラファーにとっては”通過儀礼”とも言えるのです。

ちなみに今の僕だったらこれくらいのレタッチが好みです。👇
上の写真に目が慣れてしまうとなんとも物足りない写真に感じてしまいます。

やりすぎレタッチを防ぐ3つのコツ

カメラを手にした誰しもが一度は経験する「やりすぎレタッチ」。それが良いのか悪いかのは一旦置いておき、ここからは実際に私も実践している「やりすぎレタッチ」を防ぐための3つのコツをご紹介します。特別なスキルが必要なものではなく、意識さえすれば誰でも簡単に実践できる内容です。

1.一晩寝かせて見直す

現像した直後は感覚が麻痺して「これで完璧!」と思いがち。でも一晩おいて冷静な目で見ると、「ちょっとやりすぎたかも…」と気づくことがよくあります。時間を置いて見直すことはレタッチの大切な工程です。

2.他の写真と並べて確認する

1枚だけ見ていると気づかない違和感もシリーズで見比べると不自然なトーンの違いが浮かび上がります。ブログやSNSに載せる前に複数枚の写真でバランスを見る習慣をつけましょう。

3.「感動」を再現するための現像かを問う

その写真を撮った時、どんな気持ちだったかを思い出してください。
「鮮やかだった花の色を伝えたい」「静かな夕暮れの雰囲気を残したい」——
その感情とレタッチの方向が一致していれば決してやりすぎにはなりません。
例えば、青空の中に特徴的な形の雲があり、その雲の形をテーマとして作品にしたいという想いがあるのなら、レタッチで雲を強調したり、雲を際立たせるために空の青を強めにしたりすることは悪いことではないと思うのです。


実際に僕がリフレクションが有名な”かがみの海”と呼ばれる海岸で撮った写真は、そのリフレクションがよりダイレクトに伝わるように少々やりすぎとも感じられるレタッチを行なっています。見る人によっては過剰にも思われるかもしれませんが、僕は実際にその場で見た「青い空と白い雲、そしてそれらを反射する浜辺の風景」を作品として表現したかったのです。

"かがみの海"でフォトスポットして有名な福岡県の福間海岸での風景

“かがみの海”について気になった方は記事にもしているのでぜひチェックしてみてください。空の青と白い雲を砂浜が反射する、幻想的なリフレクションの数々を掲載しています。

他にも”猫島”と呼ばれる北九州市の藍島でスナップした際は、港町の風景や猫たちのかわいさをダイレクトに伝えたいという思いが伝わるようなレタッチに仕上げました。

写真は現実の写し鏡か、心の投影か

写真に何を求めるかは人それぞれです。旅の記録として撮る人、アートとして作品を生み出す人、SNSで共感を得たい人。どれも正解であり、どれも間違いではありません。
写真は現実を「写す」ものでもあり、自分の「感じたこと」を表現する手段でもあります。たとえば曇り空の街並みでも、心の中ではもっと明るく感じたのなら、それをレタッチで再現するのも一つの表現です。
重要なのはなぜそのようにレタッチしたのかという”意図”があるかどうかです。

やりすぎて、試して、自分の色にたどり着く

前述した通り、僕自身もRAW現像を始めた頃はスライダーをグイグイ動かして、「ビビッドでド派手な写真」を量産していました。今振り返ると恥ずかしいくらいですが、それも大切な経験だったと思っています。
試行錯誤を繰り返すことで、「自分の好み」や「伝えたい雰囲気」が明確になってきます。そして、徐々に「引き算の美学」に気づいたり、光と影の扱い方に敏感になったり。すべては積み重ねなんですよね。
だからこそ、初心者の方にも伝えたい。
「やりすぎレタッチ」を恐れず、まずはいろいろ試してみてください。

レタッチするには高性能なPCが必要と思っている方も少なくないと思います。しかし、格安のタブレットでも十分にRAW現像やレタッチは可能なのです。格安タブレットでのLightroomでの実力について記事を書いているので、ぜひそちらもチェックしてみてください。

結論:悪ではない、むしろ大事なプロセス

「やりすぎレタッチ」は決して悪ではありません。 それはあなたが写真という表現手段を探っている証であり、表現の自由の一部です。大切なのは他人の評価に振り回されるのではなく「自分の感性に正直に向き合うこと」だと思います。それに経験を積んでいくことで、自然と「やりすぎ」と「ちょうどよさ」のバランスも身についてくるはず。
あなたの写真は、あなたにしか撮れない一枚です。だからこそ、どんな現像であれその一枚に込めた気持ちを大切にしてほしいのです。

レタッチも何も、まずは写真を撮らなければ何も始まりません。写真初心者向けの記事や写真を趣味にしたい方の背中を押す記事も投稿しているのでぜひチェックしてみてください。

タカフミ
主に地元北九州で写真を撮っている写真愛好家です。日常の中で「ふと立ち止まりたくなる景色」や「なんとなく心が動く瞬間」にレンズを向けています。このブログを通して多くの人に写真の楽しさを伝えていきたいです。
彩度濃いめのレタッチをした門司港レトロの風景。

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この記事を書いた人

タカフミのアバター タカフミ 写真と暮らしを綴る人

主に地元北九州で写真を撮っている写真愛好家です。日常の中で「ふと立ち止まりたくなる景色」や「なんとなく心が動く瞬間」にレンズを向けています。このブログを通して多くの人に写真の楽しさを伝えていきたいです。